夏の怖いお話。
今年の流行語大賞は早々と決まりそうです。
「熟慮」です。
小泉さんです。
「善処」と言うのが有るが、ほぼこれと同じカテゴリーの感じに
なってきましたね。
普通の人が使えない言葉になっちゃたですね。
今回の言葉の意味は、一生懸命深く考えると言う意味ではないようです。
公約を破る痛み、近隣諸国に痛みを与え続けることをよしとしない痛みとのはざまでの「くるしみながら考えているが良い知恵は無い--時--」と言う意味に使います。
「時=苦慮」と言うのが本当の漢字です。
どちらにしても「痛み」は生じるものですが、
公約に「靖国参拝」が有ったので、今更と言うわけですね。
でも彼に投票した自民党の議員はともかく、
小泉人気80%の人達はみんなその公約に賛同しているとは
思えませんね。彼の改革にかけて、参拝にはかけて無い様に感じます。
「賛同」は、して無くてここでは、「混同」ですね。
これに日本人はいつも間違わされるし、だいたい声高に言う人はこの混同を使いますね。
でも半分の人が、靖国問題---首相が行っても良い--というのはなんか怖いな。また、この混同は、「今度」また何か有るのではと感じる怖さが有る。
彼は平成の「混同(今度)勇み足=近藤勇」、す、すみません。
(単なる言葉のあやです=なんか怖いぞと言う意味のみです)
元々、日本語は言葉遊びがとても出来やすい、似た言葉がおおくて、好きなのですが、それゆえか、歴史の中で黙っているといつの間にか「混同」していて、そのうち違う意味になっていることが有りますね。
まあ、だいたい、自分の都合の良いように解釈すると言う生き方を日本人は長くやってきたように思います。「解釈」なんて文学的な言葉が大好きな国民なのですが、
これは、政治家が言うと「解釈」=「自分のいいように変えて考える」と言う意味になります。
まあ、難しい美しい言葉というのは、政治家が言うと全部含みが有りますね。
そのうち良いように「介錯」されるのが落ちです。こわっ!
----------含みと言うと、昨日8/16、子どもが塩爺に合って政治の仕事をインタビューすると言う番組が有ったけど、そのとき塩爺が子ども達に「『忘れた』と言うことは、言いたくない時に言って、勘弁してもらう事なんやね。」とニコニコして言っているのにはあきれました。全然含んでいないですよ。でもこれが何にも言われないのは彼の笑顔なんですね。これって怖いですね。---------
小泉首相は「純粋な発想で、祖国の為に散った兵士を追悼して何が悪いかわからない」といっていましたが、何と言って良いやら、
今日(8/17)のTVでも「進むも地獄、退くのも地獄、今回は傷ついた」と心情を吐露したりして、正直な人で有るのはわかりますが、
この私でもこのコメントの怪しさをいくつも揚げ足取れる。
1、--純粋な気持ちと言うのは、
一国の首相が頭を傾げて言うことではないのでは?
そもそも、純粋と言うレベルで、国政って語られるものかな?
良い悪いは別にもっと利害関係で語られるものと
思っていました。
それに純粋とか、純血とか、単一とか、
美化されればされるほど、なんか怖いですね。
2、--祖国の為って、いつも想うのだけど怪しい感じがします。
お国の為って昔は言わされてたんですよね。
いまは「子どもの為」って言うのも有ります。
PTAかなにかで、人の意見も学校の事も
家庭の事も子供の事も何も聞かなくて
勝手に物事をやるときの大儀名文の時に使われます。
3、--想像力と言う意味では、
自分の方だけでしか物事を考えていないのでは。?
戦争って、殺されるのっての自分たたちだけでは
無いんですよね。
詳しいきっかけの問題は歴史家に任せても、
殺し合いをしかけた張本人が祭られている神社に
その<親分>がお参りに行く、しかもその神社は、
なんか村の鎮守とかの普通の神社ではなさそうです。
<組の鎮守>だったのですね。これが。
怖いおじさん達の関係だったら、すぐにでも、
さらしまいてドンパチの用意をしますね。
それくらいのインパクトがあるわけですよね。
それぐらい脅かしているわけですよ。
しかも、教科書問題で、
コンセプトは固まっているわけですよ。
相手にとってはこれは怖いですよ。突然の夏の怪談ですよ。
それを純粋で片づけられたら、またまた怖いですよ。
これはもう恐怖ですよ。
なーんにも知らんのは、純ちゃんだけかなと
思ってしまいますね。
あの、中曽根さんだって、少しだけ分かったものね。
4、--それに追悼するのを悪いと言っている他の国は無いのでは?
近隣諸国への配慮と言うけど、配慮以前、分かると言うことが
分からないのでは?
それにしても、{祖国愛}と{愛国}とは違うと言う事をきっちり言ってくれた愛知大学教授の加々美光行氏「私の視点」朝日新聞8/17=はとても分かり安かったですね。
文中---- 他方、出征兵士は例外なく「故郷と家族を想って」、自らを励ました。「祖国のため」犠牲を惜しまない「祖国愛」とは、自分を生み育ててくれた「故郷と家族」への愛を言い、「赤紙」一枚で兵士を駆り立てた「国歌」に対する愛国精神を言うのでは無い。首相談話は、この点を混同していると言う意味で戦争責任の所在を明らかにしたものとは言えない。-------
2001/8/17今日もとても暑い日でした。池田雅彦記
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