道場開きしてから、満20年部屋と
住民の関係はさらりとして、全く山
手ふうだ生垣が長くつづき、白の建
物が目立つ、緑の住宅街。ここに土
俵の鬼が部屋を建て、貴ノ花、若乃
花、隆の里、若島津を育てていった
んだ。この平和な環境の中でだよ・・
・・。

解説
「でだよ・・・・。」これは私の文
では有りません。編集者が私の文章
を見て作りました。見出しも編集者
のセンスです。

この時は巡業で力士はいなかったよ
うに記憶しています。でもあの初代
若の花と電話で話したことは今でも
覚えています。
夏の暑い日、ラジオの音に誘われて
この町を歩いた事が21年経ってもよ
みがえります。私はこの自分の文章
が好きです。ここはこれだけでも価
値がありました。

(6)二子山部屋 


大きな看板に気おくれ

「観衆5万8千。甲子園は札止めになっております」
引き戸を開けると、例の実況中継が耳に飛びこんで来た。
 世はあげて高校野球。通りはだれもいない。
 犬がつながれてお盆休みをしている。日ざしは強く、歩いている私のあごの下の部分、
シャツの胸元に赤い三角形を作った。
 セミの声に追われてたどりついた小料理屋さん「琴川」、で昼飯をとることにした。
「今日の甲子園は7時半に切符が売り切れました」
アナウンサーの声を背に、えぼだいの焼けるにおいがする。
「そうねえ、一応あいさつにいってきましたけどねエ」
ここに店を出して1ヶ月目だというおかみさん。二子山部屋は目と鼻の先だ。
電話をかける。「もしもし、アッ親方ですか」
 受話器の向こうから、聞き覚えのある野太い声がしていた。あの若乃花と話しているん
だという自覚が、31歳の少年の胸に、過去の個人的な歴史をいくつもいくつもよみがえ
らした。
「はいっ。初めまして、私、池田雅彦といいます」
私は少々、イヤ大分緊張していた。電話の受け答えはおそらく、甲子園の画一的選手セン
セーに似ていたかもしれない。
 とにかく、その威厳に満ち満ちた声は、部屋の取材を許してくれた。


巡業中涼しいけいこ場

「よかったわねエ」
 野球中継の音量を下げて、ようすをうかがっていたおかみさんがいった。
 外に出ると、またラジオの音に代わってセミの音が耳に入ってきた。でも、こんどは
なんとなく暑さも感じなかった。それどころか、込み上げる胸をおさえるのが精いっぱ
いだった。「おれ、若乃花、しかもあの先代の若乃花と電話で話したぜ、母ちゃん」な
ぜか母親の顔が頭に浮かんだ。
 部屋は、今巡業中ということでガランとしていた。入り口から土俵に通じる通路に
150キロまで計れる台計り。そのすぐとなりに225センチまで計れる身長計。
そのすぐ後ろに、普通の土間用チリ取りの数倍はあると思われるそれがあった。
 横綱若乃花、大関隆の里、関脇若島津、幕内大寿山、隆三杉、十両若獅子、飛騨ノ花
と名札が並んでいる。関取の数7。実に相撲界一の勢いだ、幕下4、三段目7、序二段
11、序の口3、合計32名となっている。
 正面の神棚の方と、出口の方に、先代若乃花、現若乃花、貴ノ花のそれぞれの優勝タ
テがかざられてあった。
 親方たちがすわって厳しい目を土俵に向けるであろう畳の上に腰をおろして、それら
を見ていた。
 何分かたっていたが、夏の土俵は時を忘れるほどに涼しかった。
 人の気配がして見ると、そこにでっかい体をした序の口の名雪君(秋場所雪ノ花と改
名)がいた。 彼は相撲教習所へ通ってるそうで、巡業には行かないそうだ。
「巡業、さあ今どこにいってるのかな?」
 若島津と染めた浴衣を着ている肩がゆれた。
 部屋に入ったばかりだそうだが、のどもしわがれて、貫禄はもう関取だ。
 彼に注意されてけいこ場を出た。どうも、革ぐつで土俵のまわりでも、はいるのはよ
くないということらしい。
もしかしたら、おすもうさん以外の人は入ったらいけないと
ころかもしれない。
 まあ神聖なる国技だし、ここはある意味で彼らにとって聖域ということだろう。
 二子山勝治と署名のある「二子山部屋十の心」がやけに目にしみた。
 とうとう親方には会えずじまい。汗が8月の空へふきだして行った。


すばらしく環境がいい

 地下鉄南阿佐ヶ谷から数分のここ「成田東3丁目」では、実に緑が豊富で環境がすば
らしく良く思える。家と家との間隔はそう広くはなく、こぢんまりした感じではある。
道は曲がりくねり、坂になったり、小さくなったりしていて、確実に人間用と思えた。
ずっと長く続く生垣、丸い石垣の上に生い茂っているカエデ、両方から手を伸ばしたよ
うになっている葉桜。
 人は手をつなぎ、自転車に乗り、通り過ぎてゆく。ゆっくりみんな濃い緑の中へかく
れてしまった。
しかも建築物の色はホワイトが多く、清潔で近代的かつ美しいのだ。強い太陽、濃い緑、
それに映える白。
まさにこれ南カリフォルニアだネ。イメージとしては、の話だけど。

 さて、この町の人たちとおすもうさんとの関係は、ひとくちにいって「見ている」
「見られている」というのかもしれない。
「小さい時、木でこさえたシャッター式の戸をあけて下からよくのぞいたですヨネエ」
「花籠部屋が近くにあるのでよく店の前をとおってますヨネ」という「フレンドマート」
のご主人。
「はい、買いに来ますよ。横綱のとか、大関のとか個別に買いに来ますヨ。若いのがネ。
でもチャンコ用なんかは業者がいるみたいヨ」という「魚富士」のおじさん。
 決してそこに、もうひとつつっ込んだいやみもなければ、夢中で入りこむふうもない。
 山手のさらりとした人間関係といったところだろうか。
そういえば、埼玉の富士見市の「市制記念相撲」を見に行くといった交通お巡りさん。
杉並区のことを教えてくれた「小原畳店」のおやじさん。みんな親切で、なんとなくソ
フトなもの腰だった。
 彼らは緑の多い理由を、一応に「杉並区だからネー」という答えだけですませてしまう。
もの腰のやわらかさを聞けばまた同じ答えが返って来そうだった。



解説
ここの文章は全て私の文章で編集者のデーターが入り込む余地がないのですね。
今読んでも、読みやすく好きですね。
導入のえぼだいの焼けるにおいが本当に匂ってきます。