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すったもんだの末に
独立した。それでも弟子も現在
4人でまだまだ増える見込み。
がんばれ新人親方。
解説
この号のおもしろいところは
<横綱>の人間性とその周り
の人間像を直に接して理解
できるおもしろさにつきます。
私にとっても強烈な印象の
取材となっています。
ちょうど新国技館(現在の国
技館)建設中で、時代を感じ
てなつかしい。もう20年も経
とうとしている。 |
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間垣部屋の巻(24)
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2月10日に(道場開き)をやった間垣部屋。約3億円をかけた鉄筋2階建て。
既存の3階建てのビルと合わせると敷地面積は230F。りっぱです。
侑子夫人は社長の風格
2月10日に(道場開き)をやったばかりの間垣部屋。それから数日して行ってみた。
墨田区亀沢3の8の1が地番。他の両国にある部屋と環境は同じようなところにあった。
鉄工所、メリヤス工場、ホウロー工場、印刷所、そんな建物が周りにある。
すぐ近くに大きな通りがあり、町の人はこれを(割下水)と呼んでいる。まるで時代劇
にありそうな通りだ。その通りを左へ(やっちゃば)の方へまっすぐ行くと、そこはもう
(新国技館)の建設現場だ。恐竜の骨みたいな鉄骨の姿も、ようやくサマになってきた。
上棟式も4月下旬とか。
間垣部屋の前に来た。鉄筋2階建てで、白タイル張りの一見診療所ふうなたたずまい。
入り口のところから声をかけてみたが、返事がない。けいこ場にも人のいる気配がない。
アポイントを取ったのは午後1時、ハテだれもいないはずはないんだが、雪が落ち始めて
きている。
思い直して少し奥へいくと、ガラス戸の向こうの事務所のようなところに、親方がイスに
すわっている。入っていくと、中は外の寒い空気とはまるで違い、大きなストーブの上に、
やかんがのり、ガンガンわいている。めがねがとたんにくもった。
まるで相撲部屋とは思えないような事務所だ。チーフの地位に侑子夫人がいる。
おそらく後援者へ出すのだろう、ハガキの整理をやっている。ときどき、傍らの人に指示
している。まさに社長の風格がある。
親方と弟子がてんやもので昼食をとっていたが、その親方に(社長)の夫人がひと言。
「お客さんがきたら、食べるのやめたら!!」
取材にはガード固める
その次が面白かったのですよ。
いわれた親方が、ちょっとむくれて、ガキ大将が先生にしかられた時のような顔をして
「こんなの客じゃねえよ、なあ」
(こんなの)というのは、いうまでもなく、わたしのことなのです。いろいろきいて、間
垣親方の口べたなことは、知っていたが、なんと申しましょうか、これがわたしに向かって、
吐いた記念すべき第一声なんですな。いや、おそれいりました。
さて、このようにナイーブな性格の青年親方はガードも固い。親方の隣のソファにデンとす
わっているおじさんが、間に立って、こっちの質問に答える。だから、この取材は親方自身の
声がそのまま伝わってこないのだ。
親方は「うん」とか「わかんないよ」とかいうだけ。
「フリーか、フリーってのが一番よくねぇんだな、なに書かれるか、たまったもんじゃねえ」
といっていたガード氏(親方の隣のソファにデンとすわっているおじさん)も、時間がたつ
とやや柔らかくなったが、やはりかれは親方の5倍はしゃべった。
親方は毎日部屋にいるわけではなく、スカウトやら、テレビ出演やら、公私のスケジュール
をこなしているようだ。
親方も少しは話してくれるようになったので、横綱と親方の違いをきくと「横綱ってのは、
ふんぞり返ってりゃいいんだ」 これは親方の(なまの声)。
また、「親方になると、どんな楽しみがありますか」と、きくと、やっと笑った。
そして、例のガード氏が一瞬困ったような顔をして「弟子はわが子といっしょだよ」
といった。このあと、がーど氏はまたもとの強い表情にもどった。
ドヤドヤと弟子たちが帰ってきた。映画で半端じゃない人が仁義を切るが、あれと同じ作法が、
つぎつぎとガラス戸の向こうで行われる。「ただいまかえりました」。はっきり聞こえなかっ
たり、口ごもって聞こえるのにかえって何か新鮮さを感じて面白い。
北海道旭川市の神居中学時代、柔道で活躍した五十嵐も、その精カンな顔を見せた。
デッカイ本松もいる。
弟子の見送りにてれる
けいこ場を見せてもらった。山口、五十嵐、本松、福地の4人の弟子に行司の木村満の計5人が
いろいろ説明してくれた。
満さんは
「本名じゃないんですよ、体重が足りなくて、相撲取りをあきらめたんです」
という。きくと、62キロだそうだ。わたしと同じ。身長は10センチ大きく、170センチ。
「それも人生だと思って、親方が好きだから、ついていきます」 となかなか泣かせることをいう。
部屋から出て、近所の町内会の役員のひとりだという、町のおじさんにきいてみた。
「昔の相撲部屋っていうと、バリっとしたひのきの5寸柱かなんか使ったもんだけど、
今はみんなマンションだな。時代は変わっちまったよ」
と、江戸っ子カタギらしくいった。
道場開きの2月10日には、町会からご祝儀を出したそうだ。
こっそり額をきくと、ン十万円とかいっていた。お返しは(若乃花)という名前の入ったゆかた。
部屋の方を見ると、弟子たちが親方の(おでかけ)を見送っていた。
親方はちょっとてれているようだ。がんばれ親方1年生。
1984.5月号 |
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copyright 1984(2003)
(c)Masahiko Ikeda
Allrights reserved |
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