mihogaseki_beya/mihogaseki_beya_smoll.jpg) |
|
|
「北の湖はテレビで見るのとは、
全然違ってかわいいよ」と駄菓
子屋のおばさん
昔ながらのT両国相撲村Uに
ある三保ケ関部屋。そこは、工
場、工務店、倉庫、材木屋さん、
印刷屋さんなどが近代的ビルに
まじって並ぶ庶民的な町の中に
ありました。
|
|
 |
|
|
|
|
解説
話言葉の文章は私の文体です。
目一杯町を取材しています。
街の人に助けられた頃です。
このころのイラストはまんが
的ですね。 |
|
|
三保ヶ関部屋
|
|
|
|
|
|
|
胸張るT塩かご屋Uの大将
「昔は土俵のまわりにゴザをしいて寝てた人だから。おれなんざア、北の湖が横綱に、しかもあんな
偉大な横綱になれるなんてなア思っても見なかったよ」 職人かたぎそのものの大将が言った。
三保ケ関部屋の昔の苦労話は、今では、何かかれらの勲章のような気がしてきた。 ここは都営地
下鉄線森下駅から、1分ほど歩いたところ。東京でたった1軒というめずらしい竹かご屋さんの庭先。
わたしはジーパン、ジャンパー姿に28ミリ〜48ミリのけさ買ったばかりのズームをぶら下げてい
る。竹かご屋さんの大将、わたしに構わず、大きな竹かごをあんでいる。
「Tおい、がんばれよ。横綱になれよ!!Uなんていっちゃってね。ふろでしょっちゅう会ってたヨ。
ハハ、ほんとになっちゃったヨ。オドロイたね、まったく」
年2回ほど相撲部屋にT塩かごUを納めるというこの大将。押し寄せてきたプラスチックの近代化
の中で胸を張っていった。「相撲ってのは勝ちゃいいんだから、あんないい商売ないよ」
年に2、3回はお祭りだよ
面白い人に会った。日大一高の増位山の先輩にあたる人だ。T旭庵Uのご主人の柴山実さんだ。
なかなかのスポーツマンらしく、現在立教大学のアイスホッケー部の監督をやっているとのことだ。
Tそば処Uのこの店には、大きな額が掛けてあり、力士の手形が4つ見える。中心にT忍Uの大き
な字。木村庄之助の署名がわかる。若い力士はよく食べにくるが、さすがにもう横綱はこないとの
ことだ。北天佑、北の湖などのしこ名がポンポン出てくる。
ものごとには歴史がつきものだが、やはりT通Uの柴山さんだけに、そのへんの話し方は堂に入っ
たものだ。三保ケ関部屋の成り立ちから話し始めた。
まず三保ケ関部屋はT大阪相撲Uの部屋であったこと。大竜川と大位山が出てくるまでは大変な
苦労をしたこと。北の湖が出世して昔の苦労がうそのように隆盛になったこと。などなど。
「今度は、テープレコーダーを持って来なさいよ。もっといろんなお相撲さんのこと話してあげる
から……」 この言葉がわたしをうれしくさせた。
また柴山さんは両国国技館の話を始めた。両国国技館(今の日大講堂)は、回向院の相撲場のあと
にできたもの。回向院の小屋掛けの相撲は天保4年(1833)から明治42年1月場所までやった。
回向院の墓地には、ねずみ小僧の墓があったり、身よりのない人、猫や犬の墓なんかもあるそうだ。
こんな柴山さんの話をきいていると、なんとなく楽しくなってくる。今にもT人情話Uのひとつや
ふたつすぐにでも、飛び出してきそうな感じがする。
古い時代から庶民に親しまれてきた旧両国国技館周辺の町々の一端がしのばれてくるような、柴山
さんの話であった。なるほど、このへんの町は近代的なビルと同じくらいに、ややすすけた家並みが
見える。
工場、工務店、倉庫、材木店、看板屋、印刷屋、◯◯商会、◯◯サッシ等が立ち並ぶ千歳三丁目。
このあたりは年に何回かはお祭りだ。なぜって、年に二、三回は東京場所で、北の湖が優勝してパレ
ードがあるからである。この時ばかりは町中で祝福するということだ。
駄菓子屋のおばさんが強調していた。
「北の湖はテレビで見るのとは、全然違うよ。なんていったらいいのかね、かわいいよ」
今はせちがらくなりました
かどの小さなそば屋(さっきのT旭庵Uとは別の)の前でおやじさんが水をまいていた。
「うーん、そうだね。昔は増位山(今の小野川親方)が高校生のころ、妹さん連れてよく食べにきた
もんだネ。かれは焼きそばが好きでネーッ」
国道14号線と清澄通り交差するところが緑町1丁目の交差点だ。そこに全国でも有名な特大物の
はき物店T岡田屋Uがある。今のご主人で3代目という。
古い立派な看板が印象的である。目につくのは、巨大なげたの陳列。もっぱらお相撲さんやプロレ
スラー、また外人客のおみやげに、ということだ。 腰掛けて話をきいていると、つぎつぎと若い力
士たちが、雪駄(せった)を直してもらいにやってくる。
「よくはいたねえ、もうこれ、元をとりましたよ」
ご主人の軽やかな声がひびく。
「じゃ、打っときましょ」
そういって金具を取り出し、ほこりにまみれたせったの裏に苦もなく打ちつけた。
「いやー、お相撲さんはかわいいもんでね。今の人で17歳ぐらいでしょうかね」
しり上がりのそのいい方が、良識があって、落ち着いていて、やさしいといった感じである。それが
すこし暗いこの店の雰囲気にぴったりしているようだ。「昔はせったの裏に金具を打つなんて考えられ
なかったですよ。ちょっとでも痛むと、すぐ買い代えるのが、イキとされてましてね。今はせちがらく
なりました」
嘆くでもなく、淡々と会話を楽しむように言葉を転がしていく。
「ここにも相撲を愛してる人がいる」 と思って、改めてご主人の顔を見た。
「こんにちわ!!」
元気な声がまたきこえた。
1982.5.21記池田雅彦
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|