4階にけいこ場があるのも
珍しい。そこの壁に、二所
一門の幕内力士の全部の名札。
すごい伝統の重味。
二所ノ関部屋の巻

32回優勝の大鵬がいた二
所ノ関部屋。その伝統が
生きているかどうか、
鳳凰、麒麟児、大徹など
など、頑張って賜杯を持
ち帰れ。

解説
ここの取材はおもしろかっ
たが、文章はちょっと編集
者に直されて言葉使いが自
分の物では無いものがあり
ますね。最後の「賜杯を運
び込んだらどうか」等という
まとめは私はしませんね。
要するに私は(提言)などし
ないのです。
で、上記の見出しも私の取材
記事を見た編集者が書いたも
の。と覚えている。??
28)二所ノ関部屋

関取ゼロ部屋異例取材


 二所ノ関部屋へ電話をかけた。ところが、向こうの声がけげんそうにどもった。
「えっ、えっ、今もう関取衆はいないよ。29日(5月29日)からハワイに行ったよ」
 元関脇金剛の二所ノ関親方の声だ。テレビの十両の取組の解説に時おり登場するので、
声には(聞きおぼえ)があった。
 相撲関係のマスコミの人たちは、関取ーつまり十両以上のお相撲さんが部屋でけいこを
やっている時にかぎり、取材するものらしい。鳳凰、大徹、麒麟児はハワイ巡業にいって
いないのである。
 こういう時に取材を申し込むのは、きわめて異例のことらしい。そこで取材の趣旨を伝
えると、親方も納得した。親方の声はラ行の音の強い、太い、鼻にかかった声だった。
 二所ノ関部屋は墨田区両国4の17の1が地番。古いことはとにかく、現在の二所ノ関部屋
ビルがここに完成したのは、昭和36年のことらしい。大鵬が横綱に昇進するころで、まさ
に二所ノ関部屋は全盛期を迎えようとしていたようだ。
 ところで、二所ノ関部屋へきてみて、面食らったのは、4階建てビルの最上階にけいこ
場があることである。これはいつもの(両国)、いつもの相撲村じゃないぞ、という感じ
がする。
 玄関あけて入っていくと、上の方からドン、ドンというけいこ場の(音)がきこえてきた。
 この4階のけいこ場に入っていったのが、午前7時。広い板の間がL字型にあり、それが
上がり座敷になっている。数人のお相撲さんが「静かに」という感じでけいこをやっている。
 明かり取りの窓がたくさんあり、実に明るい。カメラのフラッシュはいらない。4階なの
で下から光がくる感じなのだ。窓から首都高速7号線が見える。これが現在の自分の位置と
同じ高さなのだ。



(金剛節)が今も残る


 けいこ場の左手の壁に昔からの二所ノ関一門の幕内力士の名札がかかっている。玉錦、
神風、力道山、若乃花、若秩父、大鵬、金剛、貴ノ花、隆の里
など。これが名門(二所ノ
関一門)の威容なのかな。なにしろ、すごい(顔)ばかりだ。
 かつて200人あまりの力士たちが、この二所ノ関部屋の土俵を取り巻いた、という
(伝説)があるそうだ。
 さて、その(200人伝説)から現実に返って、あたりを見回すと親方が上がり座敷に
やってきた。紺と紫のラガーシャツを着込んでいるが、なかなか若々しい。それもその
はず、まだ35歳。
 今から9年前の名古屋場所、この二所ノ関親方の金剛が、前頭筆頭で幕内最高優勝。
横綱北の湖以下をナギ倒しての13勝2敗。私もこの時代のことなら知っている。スポー
ツ新聞に毎日のように金剛の面白い談話がのっていたっけ。マスコミはこれを(金剛節)
とはやし立てていた。
 というわけで、この親方が口八丁、手八丁の(やり手)であることは、前から知って
いた。
 その親方が、いま弟子たちのけいこにゲキを飛ばしているのだが、それがなかなか面
白いのも金剛節の名ごりなのか。必ず「このヤロー」が入る。
 若者頭の佐賀光さんは、温厚篤実というか、実にいい人柄のように見えるが、けいこ
場では目が光り、きびしい言葉が飛び出している。
「休むな、休むな、あごが上がっとるじゃないか」
 本誌「臨時増刊・古今大相撲事典」の中の「国技館開設(明治42年夏場所)以来の十
両以下の優勝力士」というのを見ると、この佐賀光さん、32年11月場所(九州)に、
13勝2敗で十両優勝している。えらいのですよ。



32回も賜杯がきた


 名古屋場所の番付を見ると二所ノ関部屋では鳳凰が新関脇、麒麟児、大徹がそれぞれ
東西の前頭5枚目、6枚目にいる。だが、この次にくる人がいないのが、寂しい。
 けいこを見にいった日、幕下の新井の強さが目についた。すでに25歳だそうだが、
実力は十両クラスだという。
「新井さんはけいこ場では6分4分で大徹関に勝つんですよ」
 と、教えてくれた人がいた。
(けいこ場大関)とかいう言葉がこの社会にあるそうだが、新井なんかは、その部類
なのかな。173センチ、145キロのアンコ型の体であった。
 もうひとり、この部屋で面白い人がいた。床山の床平さんだ。お相撲さんに比べれば、
やっぱり小さいが、床平さんは肩幅が広く、スポーツマンタイプである。「走ること」
が趣味。今日もこれから皇居の周辺を走るそうだ。「マラソン大会」に出場するのが目
標だそうである。
 床平さんは、ふつうの床山さんが、関取の大いちょうを結うのに5年ぐらいかかるの
に、見よう、見まねで1年半で結えるようになったそうだ。
 二所ノ関部屋には横綱大鵬(今の大鵬親方)というスゴク強い人がいて、なんと32
回も天皇賜杯をこの部屋に持って帰った。
 こういう伝統が今も生きているはずである。現親方の金剛も優勝している。鳳凰、
麒麟児、大徹、そして新井などなど、頑張って、二所ノ関部屋へ賜杯を運び込んだらどうか。