左右のビルからはさまれた
かっこうで建つ部屋。
それは小さいがガチッと
してあの旭国に似てるよ。
ドシロウト、相撲のけいこ
場初見学の私。バチンッ、
と肉と肉とがぶつかり合う
音。ゴツッ、と頭と頭が撃
突する音。いやはやすごい。
午前8時、旭富士関が現れ
た。さすが存在感。

解説
この前振りは私の文章を見
て編集記者が書いたもので
すが年輩の人が若者らしく
書こうとした苦労の後が見
えます。記憶によると当時
の私は30そこそこ、彼は
60歳位だったと思います。
具体的には「〜よ」と言う
いいかたです。ちなみに小
見出しはみんなその人が考
えたようですね。文中160
センチと有るけど161.7が
本来の私の身長です。これ
は私が細かいのを嫌ってのこ
とです。162としとけば良
かった。!!
(7)大島部屋

みんなだまって動くよ

 大島部屋は、昭和55年春、ご存じあの「相撲博士」旭国によって創設されている。
まだ2年とちょっとという若いパリパリの部屋だ。
 初めて目にするその建物は、小雨の中にあった。2階建てのそれは左右のビルから、
はさまれるようなかっこうで、やや小さく見える。
 でも、このなだらかな傾斜のかわら屋根を持つ部屋は、どっしりしていて、力強く
見えた。
174センチ、121キロの小さいが、ガチッとした体。師匠・大島親方になんとな
く似ていてほほえましい。 玄関の戸が開けられていたのも私を安心させてくれた。
 午前7時、ジャスト。
髪をかき上げると、水滴がパッと飛んだ。
「おはようございます」
うす暗いけいこ場は異様に静かだった。
しかしまた異様に熱気をはらんでいた。
しこを踏んでいる者。ダンベルで汗を流す者。ギチギチとカミキリ虫の鳴くような器具
で握力をつける者。ブルーワーカで筋力をつけようとしてる者。
 みんなだまって動いていた。
14、5人いるだろうか。その中の10人ほどは申し合いをしている。
若いのか、大きいのか、小さいのか見当がつかない。
「バチンッ」肉と肉をぶっつけあう音だ。つくえの上の仕事しかしていない私にとっては、
初めての音だ。時おり「ゴツッ」というにぶい音をきく。目の前で頭と頭がぶつかってい
る。 まげもそんなにりっぱなものとはいいがたく、適当に白いヒモでゆわえているだけ
という感じだ。中には、まだ結えずにいる者、そして1番ヒョロッとしている彼は坊主だ
った。


大きく骨ぶとで筋肉質

 まわしの色から彼らがみんな幕下以下の若いお相撲さんだとわかる。
きくと、彼らの中の1人は175センチ、100キロだという。ずっと見回すと、彼が平
均的な大きさのようだ。「ホウホウ。こりゃ大きいんだなあ」
小さく見える3、4人の彼らとて170センチ、80キロ以上はあるぜ。なんと骨ぶと、
なんと筋肉質なんだ。「してみると、背の高い彼らは、こりゃ185センチ超えてるぜ」
 みんなが大きく、若い。相対的なものの見方のなんとあいまいなことか。160センチ、
55キロの私の姿を彼らの中に投影してみた。
「ムムッ、おれの勝てるのは、年だけだ」
 それは、まるで何かの儀式のようだった。
 みんなまだ起ききらないかのように、ヌウーと、ひとこともいわなくて、それは行われ
ていた。
 勝負がつくと、3人ほどの周囲をかこんでいた彼らが勝った人の前にスウーと寄ってい
くのだ。そして、何かの合図で相手が決まり、次の勝負にうつるのだ。
 他の者は、何もなかったように無言でかかとを返していく。これのくり返しが何度もつ
づく。 まるで以前から戦う相手が決まっていたかのようだ。
 だいぶ熱を帯びて来た。
 小さいがガチッとした彼が勝ちつづけている。本当に筋肉質のスゴイ体だ。
 目つきもいいネ。無造作に結んだまげといい、精かんな体は、「三国志」か「水滸伝」か
といったところだろうか。
だんだん彼のはだが赤みをおびてきた。3人、4人と抜いていく。土で少々よごれてはいる
が、その上気した大きな背中は美しい。5人、6人。もう汗でびっしょりだ。


8時30分、親方出陣

 ここらへんから、先ほどの儀式に人間味が出てきた。
ヌウーと出る者はだれもいなくなった。みんなそれぞれ自分の存在をはっきりさせるよう
になった。「いっちょ、いっちょ!」自分を次回対戦者として指名してもらうべく申し出
ているのだ。 なるほど、だから「申し合い」なのか。ドシロウト、初見学の私は、先ほ
ど若い大きなお相撲さんに「この乱取りみたいなのは何でしたっけ?」と聞いてしまった
ことを後悔した。
 小さな声で答えた彼はケゲンそうだった。後で気がついたが、彼こそ16歳で幕下に上
がった旭桜なのだ。
勉強不足でゴメン、申しわけない。
 8時、白まわしをつけた関取が土俵におりて来た。
時おり「腰を落としていかんか」と低い声が聞こえる。
さすがに存在感のある体だ。
足首がキュンとしまり、なめらかな曲線は土俵の中にすてきにフィットしている。
びんつけ油のにおいもツンと香り、足の白タビが目にしみた。
何だか知らないが、ワクワクしなくてはいられないよいフンイキを持っている。
「強くなるだろうなあ」と思った。
 この関取こそ、2年〜5年後の役力士と期待されているあの十両旭富士関なのだ。
名も体も大きく美しい。188センチ、124キロ。
 これからの大相撲を背負って立つ人だろうな。

8時30分。親方たちがすわった。
以前にも増して熱がはいった。師匠のゲキが飛ぶ。申し出る声はさらに大きく、名のり
を上げる次回対戦者たちは、波の打ちよせるように勝利者めがけておしよせて来る。
 9時40分、ちゃんこの用意の音、大島親方のゲキの声、申し合いのワーッという感
じの声で満ちてきた。秋場所開始3日前の朝だ。
 いよいよ本番だ。
10時20分、外へ出ると両国は晴れていた。親指と人さし指でみけんをしごき、
伸びを1つした。



解説この最後の文が私らしい文章です。ずっと緊張して見ていた後でほっとした
ようすがいまも思い出されます。