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雨が降ってきたら、お相撲さんが カサさして送ってくれた。親切な 部屋ですよ。親方の人柄かな ・・・。 総勢8人の小部屋だが、アットホ ーム的で感じがいい。栃錦、千代 の山などをぶちかまし一発で吹き 飛ばした元大関松登のミニ軍団。 解説 このころは、担当編集者が替わり 取材に私と一緒に付いて来たいと 言ったように覚えています。もし かしたら私がたのんだのかもしれ ません。大山親方の隣にいる人が その人です。この訪問は凄く良い 印象になっています。 相撲界の印象ときわめて違ってい ます。大山親方の人間性がうかが われてとても好きな取材になって います。 大山親方の |
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| 32)大山部屋の巻 | ||||||
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| その昔似顔絵かいた松登 私の手もとにあるビニールの包みを開けると、あった、あった、昔私がかいたお相撲さんの 似顔絵だ。黄色く変色した図画用紙、確か小学校3年生のころのものだった、と思う。母親が 大切に保管してくれたものだ。この図画用紙にかいた似顔絵、昭和30年代のにおいがただよっ ている。鏡里、吉葉山、栃錦、こむずかしい顔をしたのは、若乃花に違いない。 まだ綱は締めていない。31、2年ごろかな。 そして、顔だけしかかいてないけど、ありました、 松登!!私は今、その元大関松登の大山親方の前にいる。 私が昔の似顔絵の話をすると、親方はデンとすわった大きな体を崩して 「ああ、そんな前から、やっぱり絵をかいていたの?」 といった。 現役時代172キロあった体重も今は118キロしかない。その差54キロ。ちょうど私が子供から 少年、おとなになる間に親方の体重が「おとなひとり分」減ってしまったことになる。 私の記憶の中で、いくつもの思い出がタイムスリップしていた。左からのカチ上げ、激しくぶち かますTダンプガイU立ち合いの当たりが激しいため、顔面はキズだらけ、闘犬ブルドックのよう な──それはひとつの大きな勲章だった。ぶちかましの威力はものすごく、まともに当たれば、 栃錦も千代の山も吹っ飛んだものだ。 大山部屋は、以前は今はない旧両国国技館(日大講堂)の裏にあった。それが昭和54年ごろ、 現在の江戸川区東小岩5の35の13に移転したのである。 本好きが指導に現れる 古参力士の総登は、この部屋の歴史を親方といっしょに見てきた人だ。入門してから13年目、 一時は幕下の2枚目まで上がったことがあるが、59年秋場所の番付では、東三段目53枚目。 成績は5勝2敗である。いかにきびしい世界であるかがわかる総登の足どりだ。 鉄砲柱が天井の上まで突き抜けているけいこ場の中に、総登の大きな体が動く。 「おはようございます」 というあいさつひとつにも、総登のT苦労人らしさUが現れているように思われる。 「本場所の勝負は、やはりガチガチになりますねえ、これに勝ったろと思うと、かなり硬くなり ますね」 と総登はこんなことをいった。 大山部屋はものの本や人のうわさによると「最も家庭的な相撲部屋」といわれている。 力士は総登、一登、栃登、和歌登、床山の床照さん、年寄りのもと幕内大飛の山響さん、 それに親方を入れて8人。「もう肩のぐあいはいいのかい」 と、親方が若い者にやさしく 声をかける。「左から、こういくのはやめなさいよ。ハネるんならいいけどひじを利 用してガチーンと」 親方のアドバイスはあくまでも、理解しやすく、やさしい。 こんなところに「アットホームな相撲部屋」らしさがあるのじゃないか。 大関松登時代、支度部屋でいつも本を読んでいた、という話が頭に浮かんだ。 親方の本好きは今でもつづいているということだ。吉川英治の「宮本武蔵」、それから「三 国志」などなど。親方の弟子指導のわかり易さや、テレビのゲスト出演した時の話術のうまさ はこのT本好きUからきているのではないかな。 いつもなら、熊亦J部屋に出げいこにいっ たり、あるいは彼らがきたりしているのだが、この日はこの部屋のものだけでやっている。 総登と一登のT三番げいこUが始まっている。ぴったり合った立ち合いはみごとだ。 「おでこで当たらなくて、手だけでやるからダメなんですよ。カチ上げってむずかしいんですよ」 小錦はほがらかでいい 同門の高砂部屋のことをきいてみた。高砂部屋は親方が現役時代から、出げいこにいっていて、 今でも近い間柄。 総登は高見山、富士桜、そして振分親方(元幕内朝嵐)の付け人もした、ということだ。 いろいろな意味で相撲界の台風の目になっている高砂部屋の小錦について、親方の意見をき てみた。「いいですねぇ。人間がいいね。ほがらかでくよくよしないよ。いつか高砂部屋へい ったら、廊下でワアワア騒ぐのがきこえるんですよ。小錦が踊ってる。おかみさんが『また小 錦がほがらかやってるのよ』なんてね」 「高見山とは下半身が違いますよ。小錦の方がずっと強くてやわらかいしね。けいこ相手にも めぐまれてますしね」 親方の話をきいていると、あきない。その昔、親方はしこ名の関係からT松っちゃんUと呼 ばれたそうだが、話をきいていると、T松っちゃんおじさんUっていう感じ。親しめる人だなあ。 部屋の位置は柴又街道を底辺にして、サンロードと千葉街道を作る三角形のほぼ頂点に当たる。 サンロードは下町ふうのにぎやかな町。てんぷら屋などのそうざい屋、家具、ふとん店などが多い。 帰るころになると、雨が降ってきた。傘がない。 一登さんが傘をひろげて、サンロードの入り口までおくってくれた。 大山部屋は最後まで親切だった。 |
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