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外人力士の評判いいよ
「だれもおらんで」
補修工事中の職人さんがいった。
ちょうど今は巡業中で、みんないない。
相撲部屋というよりか、普通のビルという感じだ。タイル張りの壁がややくすんでおり事務所の
ような入口に「高砂部屋」の大きな看板があった。入り口の上には、「米川ビル」のレリーフが
見えた。 中は暗く、ガランとしていた。すぐに土俵があり、それは思ったより狭い印象を与
えていた。その回りの空間もそう広くはなかった。その円形の中はややくぼみ、掘られたように
なっている。けいこのすさまじさが伝わってくるようだ。
外で話した人の父親のような職人さんがひとり、仕事をしていた。 つきあたりの窓の上に、
例によって力士の名札がかけられてあった。天じょうのコンクリートにとどき、少しせまくるし
い感じがした。名前を見る。名古屋場所で殊勲賞を取った朝汐、高見山に富士桜。みんな天じょ
うにくっついていた。下の段には、幕下9人、やはり名古屋場所で優勝した奄美富士が光ってい
る。三段目6人、序二段18人、序の口4人と続いている。
前述の3人を加え37人、結構な数だ。 ほかに部屋には前相撲のサレバ・アティサノエ君改
め小錦などもいる。彼は、まだホンノたまごといったところだけれど、人気はもうマスコミをわ
かせている。
幕内で確固たる地位を築いた高見山に続こうと、外人力士の入門があとをたたないという。
小錦は、最近高見山がハワイからスカウトした逸材だが、何といっても話題になるのは若高見だ。
「ウン、愛想いいよ」 近所のひいきすじ、てんぷら屋「江戸平」のおやじさんがいった。近所
の評判もなかなかだ。
本名ブライアント・ジョージ、米国出身。がんばっているらしい。
が、彼はまだ三段目にあまんじている。
それなりに交流はある
ちょうど前が筆の問屋さん「盛林堂」だ。
「あまり長くはないですけど」といいながら柳橋に25年もいると聞いた。小売店と違って並
べられた筆の束はすごい。つかみ売り、という言葉があるなら、そんな陳列方法だ。
さすがにいい筆がある。気楽に見せてもらったが、値段を聞いて、さわるのをよした。「行司
さんが買ってくれますョ。おすもうさんは、サインする時ぐらいですネ」
どうやら、直接商売には関係なさそうだが、目の前同士の町内会のこと、道でまた割りを始め
た若いお相撲さんたちに、店の玄関をふさがないように注意するとか、場所中変な人が部屋へし
のび込まないかどうか見張っているとか、それなりに交流はあるようだ。
おもしろいことを聞いた。何とこの通りが、外人観光客のひとつのコースになっているという
ことだ。ハワイからのご婦人方や、アメリカの子供たちが、部屋を訪れるそうだ。「ウン、ナル
ホド」とうなずいた。
テレビのCMの中で軽快なフットワークとともに踊るあのエンターティナー、彼の偉大な体を
思い出すのにそんなに時間はかからなかった。
日本橋から浅草まで続く、通称「江戸通り」をはさんで浅草橋側に<かざり屋>問屋、柳橋側
に<人形>問屋が軒を連ねている。そしてこれらはこの町の代名詞さえなっている。それらは季
節にともない、それぞれの商品を提供することになる。今は七夕も終わり花火へと歩んでいると
ころだろうか。
大きな人形屋さんは、久月、秀月、吉徳、米洲と続いて壮観だ。
古い情緒がスゴク良い
外に問屋の数は多い。無い物は大きな家具屋だけという。あとのものはすべてそろうというのが、
この町の面白いところだ。 家紋入りの人形を売るということで、日本的にその名をはせている
「秀月」におじゃましてみた。総務部長の坂井さんが会ってくれて快くインタビューをひき受け
てくれた。 彼の紹介で、もうこの道15年という山口さんと楽しく話しあえたのはラッキーだ
った。 表の人形、裏の料亭でもないだろうが、この一画も今はさびれてしまってはいるが、隅
田川に面した柳橋一帯は、それはもう華やかなところだったという。
神田川を隔てた向かいの浜町、芳町、馬喰町、横山町などの問屋のだんな衆が、おとくいさま
だったらしい。 番頭さんが人力車で遊びに来た、なんて話をしていると、川風をたもとに受け
て若い芸者さんと仲良くしている金持ちの話、ってえのが頭にインプットされた。
昔の料亭は、ほとんどがマンションか、ビルになっていて、おもかげをとどめるのは、ほんの
数軒だけだ。 建て変えるためにはすべてビルにしなければならない、という建築関係の面倒な
法があるそうで、ここにも時の流れという法則が働いていた。
夕方になると三味線の音が聞こえてくるということだが、もっともこれは教えているのだそう
だ。 古い情緒がスゴク良いのは、コンクリート建ての洋館だネ。高砂部屋の筋向かい、「原歯
科医院」その古い字体のロゴがよいヨ。右から左へ読む看板が実に泣かせるネ。
三菱銀行のちょうど前あたり、「I・HAYAKAWA&CO.,LTD」とあるお店、ちょっぴり年代物の
モダーンだ。商品のレストラン用調度品も気のきいたものがあってうれしい。
そのすぐ近くにある建物は、門口が広く和洋折衷。それ自体はそんなに古くないけど。佃煮屋
さんの「鮒佐」だ。「創業文久二年」
古い情緒がいっぱい光ってた。
1982.9記池田雅彦 |
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